『猫を棄てる』というタイトルを見て、村上春樹のタイトルセンスは相変わらず凄いなと思いました。
正確には『猫を棄てる 父親について語るとき』がタイトルですが、このタイトルを見ただけで、「棄てたらダメでしょ!」「猫はどうなる?」「父親が原因か?」「多頭飼育崩壊?」などと、いったいどんな話が始まるのかドキドキしてきます。
私は、"ハルキスト"とまではいかないまでも、ほとんどの村上春樹作品は読んでいると思います。
内容がうろ覚えのものもありますが、新作が出れば、文庫化を待たずに購入する作家の一人です。
私の中には、村上春樹の作品に惹かれるなんらかの要素があるのかもしれません。
特にタイトルは、どんなものが来るのか毎回とても楽しみにしています。
私は、村上春樹作品の魅力は何か、と聞かれた時に、"読者を、現実と非現実とが曖昧な、異世界に連れ攫ってくれるところ"と答えています。
何のこっちゃ、と読み進めていくうちに、気付けば作中の訳の分からない世界にどっぷりとハマっている、といった感覚が癖になります。
映画で言うとデビッド・リンチ監督作品がとても近い作風だと思っているのですが、共感してくれる人はいるでしょうか。
しかし、どちらも独特な世界観であるが故に好き嫌いが別れる作風であると思います。私は好きです。
今回読んだ『猫を棄てる』という作品は小説ではなく、作者が自身の父親の事を書いたエッセイです。
疎遠だった父親との記憶を辿り、歴史的な史実と重ねながら、村上春樹が父親の人生や父親に感じていた気持ちを言語化したものです。
当然、羊男や繭を作る小人のような得体の知れないものは一切出てきませんが、私は何故かいつもの村上春樹小説のように、異世界へ連れ攫われるような感覚を味わいました。
おそらくですが、この作品に描かれるノンフィクション、つまり村上春樹が実際に体験したことが、村上春樹の不思議な小説ワールドの"源泉"になっているのではないかと感じました。
本の装丁も美しく、父の日のプレゼントとしてもおすすめです!、と言いたいところですが、内容を考えると、実は万人向けの本ではないかもしれません。本好きのお父様であればきっと大丈夫です。
本作を読んでいて思ったのですが、私自身も自分の父親の人生について知らない事が多いかもしれません。
考えてみると、父親の人生というものは、村上春樹の描く異世界のように、知るべき事と、知るべきでは無い事が、不安定に混在した異世界のようなものかもしれないですね。
『猫を棄てる 父親について語るとき』村上春樹(2020,4,25)文藝春秋