映画『新聞記者』が公開されたのは昨年の6月でした。
この作品は、実際にあった政治事件をモチーフにしているためか、公開当初、一般的なメディアの宣伝は一切なく、テレビの番宣的なものもほとんど無かったような気がします。
そのあからさまな "忖度"のような現象を目の当たりにし、その作品を観てみたいという意欲は更に強まりました。
~あらすじ~
" 東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。
日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究明すべく調査を始める。
一方、内閣情報調査室官僚、杉原(松坂桃李)は葛藤していた。
「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。
愛する妻の出産が迫ったある日、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。
真実に迫ろうともがく若き新聞記者。「闇」の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。
二人の人生が交差するとき、衝撃の事実が明らかになる。 "
この作品は実際にあった政治事件や実在の新聞記者をモチーフにしてはいますが、あくまでもフィクションです。
しかし、実際の事件にあまりにも酷似しているため、観る者は連日報道されてきた事件の真相に近づいているような気持ちになり、劇中で明らかになっていく真実に驚愕します。
しかし、本作のテーマはそこではありません。
もしも、自分が登場人物と同じ立場なら、どんな選択をするのか、という問いに対し、自分ならどうするかと考える事がこの作品のテーマだと思いました。
善と悪、理想と現実、真実と虚実、私達は日常的にそれらに対し、どちらかを選ぶ(優先する)判断と選択を強いられながら生きています。
どちらかを選ばなければならない時、何をもって決定するか、何を優先するか、常に明確な答えを出せる人ばかりではないと思います。
そこで、この作品の登場人物に自身を重ねながら自分の価値観と否応無しに向き合わざるを得ない状況になる事で、潜在的な自分の立場・思想が明確になっていくのではないでしょうか。
ちなみに、映画が終わった直後、私の隣にいた方がこうつぶやいていました。
「結局どっちなんだよ…」
確かにその方の気持ちもわかります。
登場人物に明確な答えを示して貰えれば自分で考えなくてすみますし、傍観者のままでいることもできます。
私の隣の方の「結局どっちなんだよ…」の言葉には、その人の若干の苛立ちのようなものを感じました。
期待していたラストが、最後の最後に実現しなかった事への不満があったのかもしれません。
しかし、その苛立ちは、「自分が主人公ならこうした」という立場を明確にしたとも言えないでしょうか。
私は、この作品の含みのあるラストシーンを見て、実際に主人公のような立場に立たされた時にどのように行動するかは、作品を観た私達に委ねられたと解釈しました。
3月6日に発表された日本アカデミー賞6部門受賞は驚きましたが、観客も、審査員も、委ねられた問いに、このような形で答えたのではないかと思います。
とても良い作品です。既にDVDも発売されているので、今回の受賞をきっかけに、ご覧になってみてはいかがでしょうか。自信を持っておススメします。
監督:藤井道人『新聞記者』2019