2021年2月某日、息子の親不知の手術をしてきました。
息子は最重度の自閉症者なので、歯科医院は通院する事さえ困難です。
それでも歯の治療が必要になってしまった時はどのように対処するべきか、どのようにして手術に至ったかを、今回の体験を元に記事にしてみることにしました。
少し長くなりそうなので、”検診、手術の準備、手術当日”の3回に分けて投稿します。
自閉症者の歯科治療、全身麻酔による親不知の手術がどのようなものか、参考にしていただければと思います。
2020年10月
いつものように息子の歯磨きをしていると、上顎の左奥に小さな虫歯を見つけました。
幼少期に歯科医院でパニックを起こして以来、虫歯にならないようブラッシングには十分気をつけてきたつもりだったので、それを見つけた時はとてもショックでした。
虫歯一本で大袈裟な、と思われるかもしれません。
しかし、虫歯にするわけにはいかない、二度とあのような経験をしたくはない、と思いながら、毎日息子の磨きをしてきた私にとって、虫歯の無い息子の永久歯は"誇り"のようなものでした。歯磨きをする度に見る綺麗に揃ったピカピカの歯は、私と息子の関わりにおける唯一の具体的な成果のように感じられ、私を幾度となく励ましていたのです。
なので、虫歯を見つけた時の落ち込みは最近では最も大きなものでした。私の関わり方が不十分であると指摘されたような気持ちでもありました。
とにかくこのまま放っておく訳ににはいきません。
早速、歯科診療の予約を…と思ったのですが、どこの歯医者に連れて行けばいいのでしょう。
息子はもう10年近く歯医者に行ってません。小さい頃に行っていた歯医者はトラウマがあるかもしれません(私にはあります)。障がい者の歯科診療可と表記されている歯科医院はたくさんありますが、全てが自閉症を理解し、パニックのような問題行動にも対応できる施設とは限りません。前持ってリサーチしておくべきだった、と後悔しながらネットで障がい者の歯科診療について調べていると、その中に県の歯科医師会が運営する障がい者を専門に診療している施設を見つけました。障がいの程度により治療が困難な場合は、設備の整った病院の紹介も受けられるとあります。
私はここしかない!と早速予約をとり、検診をお願いすることにしました。
障がい者を専門に診療している施設とはいえ数年ぶりの歯医者です。
息子はどんな反応をするのでしょう。最悪、昔のようにパニックを起こしてしまったとして、今の私に今の息子を抑え込む事が出来るのか、周囲への被害をどのように防ぐか、そんなことを考えながら私は息子を連れて診療所に向かいました。
診察室はとても明るく、スタッフの方々はほとんどが女性でした。
対応は優しく丁寧で、患者の問題行動を想定しているからなのか、ゆとりのある配置で診療用の椅子が並んでいます。
その配慮された雰囲気のおかげで、息子はとても落ち着いた様子でした。
自ら診察台に座り、歯医者さんの指示の通りに口を開け、しっかりと診察を受けています。
息子を見ながら、私は成長を喜び、想像してたような事が起きなかったことに安堵していました。
しかし、残念ながら診察の結果はあまり良いものではありませんでした。
虫歯は私の見つけた一本だけではなく、そのほかにもう一本、しかもその歯を親不知が圧迫し、うまく生えることが出来ないまま虫歯になっているため早急に外科的な手術及び治療が必要というものでした。
一般的な歯の治療でさえまともにした事が無い息子に、外科的な手術をどうやるのか想像できなかった私は、どのように手術をするのか、どこで手術をするのか、それは息子のような自閉症者に可能なことなのか、どのようなリスクがあるのか、といった質問を立て続けにしたような気がします。息子が不安にならないように出来るだけ静かに質問したつもりでしたがうまく出来ていたでしょうか。
息子は、私の横に座ったまま、ずっと床を見つめていました。
全身麻酔、気道確保、拘束具、切開、抜歯、血液検査、PCR検査、医師と私の発する聞き慣れない言葉を聞きながら、息子は何を感じていたのでしょう。
勘のいい息子のことですから、自分にとってあまり良いニュースではない事は察していたかもしれません。
帰り道、息子は車の窓に打ちつける雨をじっと見つめていました。
私はハンドルを握りながら、息子に手術を受けさせることができるのか、そのために私がなにをするべきなのかをいつまでも考えていました。