先日、息子の足に傷を見つけました。
両足のふくらはぎのやや下の方に、出血の跡が一つずつ。
「これ、どうしたの?」聞いても、息子はにこにこしながら「い、た、い」と言うばかりです。
私は息子が事業所で農作業をしていることと、両足の傷の位置がほぼ同じ位置であることから、作業中に履く長靴のふちが擦れて靴擦れのようになったのだろうと考えました。
傷口を消毒し、絆創膏を貼りながら、明日からはこの絆創膏が摩擦をガードしてくれるからもう大丈夫、と思っていました。
しかし次の日、右足の絆創膏を貼った場所の少し上のあたりに、また新たな傷ができています。まぁ、ちょっとした加減で長靴の擦れる位置がずれた可能性もあります。私は新しい傷を再び消毒し、絆創膏を貼りました。
次の日、今度は左足に新たな傷が二箇所、右足にも一箇所できています。
そして次の日も、また次の日も、謎の傷は絆創膏と絆創膏の隙間を狙うように増えて行き、最終的には両足のふくらはぎにそれぞれ5〜6枚の絆創膏が貼られているような状態になってしまいました。
週末にお世話になっているデイサービスのスタッフからは「息子さんの足の傷はどうしたのですか?何か対応が必要ですか?」と心配する電話も頂くようになり、私は多分長靴の縁が擦れてできた傷なので大丈夫です、と説明しながらも、もしかすると何か別の原因でできた傷の可能性があると考えるようになりました。
そうなると、思いつくのはあまりいい考えではありません。
事業所内で利用者同士のトラブルによる怪我か、あまり考えたくはありませんがニュースなどで見るような心無いスタッフによる他害行為の可能性などもあたまをよぎります。
とにかくこのままにしておくわけにもいきません。私は意を決し、週明けに事業所へ問い合わせてみる事にしました。
ところがその晩、たまたま観ていたテレビの番組に息子の足の傷とそっくりな傷の写真が映し出されました。
番組は夏の虫刺され被害について解説していて、写真は"ブユ"に刺された患部を撮影したものでした。
【ブユ】
ブユ(蚋、蟆子、Black fly)は、ハエ目(双翅目)カ亜目ブユ科(Simuliidae)に属する昆虫の総称。ヒトなどの哺乳類や鳥類から吸血する衛生害虫である。関東ではブヨ、関西ではブトとも呼ばれる。
カやアブと同じく、メスだけが吸血するが、それらと違い吸血の際は皮膚を噛み切り吸血するので、中心に赤い出血点や流血、水ぶくれが現れる。その際に唾液腺から毒素を注入するため、吸血直後はそれ程かゆみは感じなくても、翌日以降に(アレルギー等、体質に大きく関係するが)患部が通常の2~3倍ほどに赤く膨れ上がり激しい痒みや疼痛、発熱の症状が1~2週間程現れる(ブユ刺咬症、ブユ刺症)。
謎の傷の正体はこれだと確信しました。
ふくらはぎの下のあたりは、ちょうど靴下とズボンの裾の境目で、座ったり、膝を曲げたりするときに肌が露出する場所です。
絆創膏と絆創膏の隙間を狙って傷が出来るのも、ブユであれば皮膚の露出したところを狙うのは当然のことでしょう。
赤く腫れ血が滲んだ傷跡もブユに刺された患部の特徴です。
さらに事業所のある場所は、自然が豊かで虫達が暮らすには最適な立地。
事業所に見当違いの電話をする前に気がつくことが出来て本当によかったと思いました。
私は息子に「これ虫に刺された傷だったの!?」と訊くと、息子は貼られた絆創膏を指先でトントンと叩きながら「む、し」と言って笑いました。
翌日からはふくらはぎをしっかりとカバーできる長くて厚めのソックスを履かせ、虫除けスプレーすると、それ以降あの謎の傷ができることは無くなりました。
とりあえず問題が解決したことにホッとしつつ、私は息子が農作業の休憩中に自分の足に止まったブユに血を吸わせているところを想像してみました。
事態を理解できないままじっと我慢していたのか、突然の珍客を面白く眺めていたのか。
少なくともブユにとって、害虫というものを知らない息子の両足は、とても居心地のいい食事場だったことでしょう。
共生とは呼べないかもしれませんが、でも何となく、私はサバンナを歩くアフリカ象と、その背中に乗った小鳥のような、のどかで優しい光景をイメージしていました。