『ひとの気持ちが聴こえたら』という本を読みました。知的障害を持つ著者が先進治療を受け、自身に起こる様々な変化を書き記した実話です。単なる著者の体験記ではなく、ハーバード大学医学部等の研究チームが承認した調査研究の記録でもあります。
私は自閉症の息子と暮らしているので、自閉症に関する専門書を片っ端から読んだ経験があります。参考になるものはたくさんありましたが、治る、治った、という本に関しては大抵が眉唾物で期待とがっかりを繰り返してきました。この本はそういったものとは違います。
著者は自閉症でありながら、音楽好きであれば知らない人はいないピンクフロイドやキッスのスタッフでした。コミュニケーション能力は低く人間関係も苦手でしたが、その音感と工学エンジニアとしての能力を買われ、その専門分野で生計を立てていました。音楽が好きというより、音のズレや音を出す仕組みを理解する能力に優れた知的障害者です。
初めて治療プログラムを受けた日、著者は帰りの車の中で、何気なく聴こえてきた音楽に生まれて初めて感動し涙を流します。眼に映る風景に色彩を感じ、今まで体験した事のない感情の目覚めに驚き、喜びます。
しかし、その新しい能力を手に入れた事によってそれまでうまくいっていた生活は崩れ、人間関係も壊れて行きます。それを著者がどのように受け止め、どのように変化して行くのか、興味を持った方は是非読んでみて下さい。
私は、いつか医療が発達して子どもの自閉症が治る日が来ればと思っていました。もし治ったら、あれもできるこれもできると想像した事もあります。
ただ、この本を読んで少し考え方が変わりました。定型発達者(健常者)の感じる幸せは、障がい者にとっての幸せとは限りません。私が想像した夢は子どもにとって幸せとは限らない。それよりも、今子どもが感じている幸せについて、もっと真剣に、具体的に考えるべきなのではないか、と思いました。
ジョン・エルダー・ロビンソン『ひとの気持ちが聴こえたら 〜私のアスペルガー治療記〜』(2019・4・25)早川書房