『先生はえらい』という本を読む前に、タイトルだけ見て私が思った事が「いやいや、人によるよ。」です。
しかし、読んだ後の私の感想は「本当だ。先生はえらい。」でした。
このような読む前と読んだ後でそれまでの考え方が完全にひっくり返るような感覚こそが読書の醍醐味ではないでしょうか。この本は、極上のミステリー小説のように、読む前と読んだ後で、世界の見え方がひっくり返るような感覚を与えてくれると思います。
この本に書いてある"先生"とは教室で黒板の前に立っている教員に限りません。上司、先輩、親、インストラクター、片思いの相手、など、全ての上下関係において、"下"から見た"上"の立場を指します。優れた学びは良い指導者によってもたらされる、という考えを本書がひっくり返します。
作中に、中国・漢の時代の将軍の話が出てきます。名前は張良(ちょうりょう)といい、黄石公(こうせきこう)という老人から秘伝の兵法を授けられた人物です。その兵法を授けられたエピソードは概ね以下の通りです。
修行中の張良は旅先でよぼよぼの老人に出会います。老人は「おまえはなかなか見どころがあるから、秘伝の兵法をおしえてあげよう」と言います。
張良は「よろしくお願いします!先生!」と、弟子になります。しかし、先生はいつになっても何も教えてくれません。張良もだんだんいらついてきます。
そんなある日、馬に乗っていた先生が、クツを落とします。先生は張良に「クツはかせて」といいます。張良は言われたとおりクツをはかせます。数日後、馬に乗っていた先生がまたクツを落とします。今度は両足です。先生はまた「クツはかせて」といいます。張良はむっとしながら、しょーがねーなボケちゃって今度は両足かよと思いながらも、仕方なくクツをはかせます。
その時!張良はひらめきます。まてよ?これってもしかすると先生が自分に出した謎か?クツを二度と落とすということは…それも両足…そうか!わかったぞ!秘伝の兵法を自力で発見した!先生ありがとう!
つまりこれは、『先生がなにもしなくても、弟子は優れたものをあれこれ学ぶ』という話です。
良い弟子に先生はいらない、と言う話ではありません。先生と弟子という関係を信じたからこそ想像を超えた学びが生まれた。「先生はえらい」と思った瞬間から学びの可能性が開いて行くということです。
私はこの本が大好きでいろんな人に教えたり無理矢理貸したりしています。
内田樹『先生はえらい』(2005,1,25)ちくまプリマー新書